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十把一絡げ(じゅっぱひとからげ)にしない思考

先日Uberを絶賛しておいて何なのですが。。。

あれですね、Uberはわかりやすい場所に迎えに来てもらうに便利だけど、わかりにくい場所に来てもらうのは不便なのね。

と言うのも、ドライバーさんの中には道を知らない人、地図が読めない人が多くて、我が家に来るのにウロウロ迷ったり、「アウンサンスタジアムのシティマートの前の道を入って!」と言っても人の言うことを聞かずに通り過ぎたり、挙句の果てには違う人を乗せて乗車中にして走り出したり、ここのところUberストレスで困り果てておりましたとさ。

やはり初心に返ろう!と思い、タイヤ屋のお兄さんに電話したらなんと1分でタクシーがやって来た!

お兄さんのお仕事の手を止めさせてしまうのが申し訳なくてUberに浮気したけど、お兄さんが間違いない!とあらためて思い、昼間はお兄さんに頼もうと思い直した。

ミャンマー人にお礼としてお金をあげるのは失礼にあたり嫌がられるとサヤマから聞いていたので、日本へ帰ったときにお菓子を買ってきて渡したけれど、これからもタクシー手配を頼むのにいつもお菓子じゃなぁ〜と少々悩んでいた。

思いきって聞いてみようと思ったけど、私のつたないミャンマー語では微妙なニュアンスは伝わらないと思い、サヤマにお願いして聞いてもらった。

サヤマは私の気持ちをよく理解してくれているので、おそらく私の言いたいこと、伝えたいことを上手に伝えてくれたに違いない。

するとお兄さんは、「自分はお礼が欲しくてやっているわけではない。彼女の役に立つことが嬉しいのだ。だからお礼なんていらない」と答えた。

サヤマはさらに粘ってくれて、「あなたの気持ちは彼女もよくわかっているけれど、彼女は日本人で、日本人は何かしてもらったらお礼をしたいと思うのよ」と。

そしたらお兄さん、「本当にお礼なんていらないけど、もし彼女がどうしてもと言うのなら、自分の体に合ったサイズの服が欲しい、Tシャツを」と言ってくれた。

そしてお兄さんは自分はイスラム教徒だと言っていたそうで、おそらくイスラムの教えに従って人に親切にしているのだと言いたかったのだと思う。

私はイスラム教に偏見はない。

ISとイスラム教は関係ないと思っている。

だからイスラム教もお兄さんも怖くないし、あんなに純粋な考えになれるお兄さんが信仰しているイスラム教というものに感謝したい気持ちだってある。

でも、世間ではイスラム教と聞くと怖い宗教だとか、ムスリムには近づきたくないとか、そんな偏見も多いのも事実だと思う。

私が住むパサパラはミンガラタウンニュというタウンシップで、ここは停電が非常に多い。

根拠はないけど、その理由はインド人が多いとか、ムスリムがあるとか、そんなことが言われている。

ISの影響でイスラム教徒はますます偏見の目で見られるのではないかと思う。

イスラム教イコール怖い、危ないものという考えはよくない。

この偏った考えは、宗教に限らず日常の様々な場面で見られる。

女とはこういう生き物だ、男ってたいていそうよね、だいたい今どきの若い者は、オバサンって図々しいよね、年寄りは頭が硬いから、やっぱりB型よね〜、など私自身も口にするし、よく聞く言葉ではないかしら。

その傾向はあって多くは当てはまってもすべてじゃない。

絶対そうだと言いきれない。

「十把一絡げ(じゅっぱひとからげ)だ」と使われるこの言葉、十把一絡げとは、いろいろな異なる種類のものをひとまとめにして扱うこと、一つ一つ取り上げるほどの価値のないものとしてひとつにまとめて扱うこと。

面倒だから一つにまとめちゃえ!的な発想?!

冗談じゃない、女もオバサンもひとまとめにするな!

十把一絡げになんかならないぞ!

人に対しても、自分自身に対しても、決めつけは人間としての幅を狭める。

「私なんかどうせこうだから」と決めつけると、その先の成長はない。

人はよく「絶対そうよ、そうに違いないわ」と言う。

絶対なんてこの世では死しかない。

生まれることも絶対ではない。

絶対なんて決めつけは止めた方がいい。

人にも自分にも柔らかい頭で物事を考えたいと思う。

「お前はヤンゴンの日本人の中で英語が出来ないナンバーワンだ」という決めつけ、やめてもらっていいですか、旦那さま。笑

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